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「災い転じて福となす」旅行(スマトラ地震の思い出)

 
今回のマレーシアTIOMAN 島の旅行では、
旅行会社に、
リクエストとは違うバンガローを予約されてしまいました('_')
しかし・・・
間違って予約されたバンガローが、
却って居心地がよく・・・
私は・・・気に入ってしまったのです()
 
結局・・・
旅行会社に支払った期間を過ぎても、
いつものお気に入りのバンガローに移ることもなく、
間違って予約されたバンガローに
居座ってしまったのです(笑)
 
こんな
「塞翁が馬」
「災い転じて福となす」的な旅行の
最たる思い出は、
なんといっても
2004年のスマトラ地震です。。。
 
地震の3~4時間後に押し寄せた大津波は、
スマトラ島アチェを・・・20キロもの内陸まで襲いました
 
あのとき
私は、
マレーシアのペナン島に滞在中で
9時過ぎに地震の揺れを感じました。
 
でも、
同じ年の新潟地震を東京で体験していたので、
新潟地震のほうが、よほど大きく怖く、
スマトラ地震の揺れは、たいした揺れには感じませんでした。
ただし、
揺れが
ずいぶん長く続いたのは覚えています
 
この時の旅は
バンコクを出発して
カオラック(タイで一番津波の被害が大きかったところ)からアチェ沖のインド洋を潜るつもりでした
まさに、津波に飲まれた海域です
 
しかし・・・
災いは、まずバンコクで起こりました
 
友達と行ったディスコが寒くて風邪をひいてしまいました【災い①】
 
最初の計画では
バンコクからバスでカオラック行こうと思っていたのですが、
風邪を治してからダイビングをしようと思い、
カオラック行はあとまわしにしました
 
それで、
国際列車でマレーシアに行くことにしたのです・・・
国際列車に乗っている間に風邪も治るだろうと思ったのです
 
微熱のある中、国際列車に乗るため、ホァランポーン駅までタクシーに乗りました。
 
ところが!!!
信じられないことに()
貴重品バックをタクシーの中に忘れてしまったのです【災い②】
 
駅の交番に届けると、
お巡りさんが、
その日の列車をキャンセルし、2日後の列車に変更する手続きをしてくれました。
(私は列車のチケットをキャンセルしたかったのですが・・・)
 
2日間どうするか考えなさい」
そうお巡りさんは言うのです
 
しかし・・・ほとんど旅行費用の全財産(?)失くした私が、2日後の国際列車に乗るの????旅行するの?????
 
半分・・お巡りさんの対応にあきれながら、
その日の朝、チェックアウトしたカオサンのゲストハウスにもどったのでした・・・・・
 
ゲストハウスに戻ってからも・・・しばらく・・・・
私のハートはドキドキ・・・熱いまままでした
・・・もう微熱ではなかったかもしれません・・・(笑)
 
ところが・・・・
コレマタ信じられないことに・・・・・・
お財布の中に・・・
パスポートとキャッシュカードが1枚・・・・残っていたのです・・・・・(*_*)
 
いつもなら貴重品バックに入れるので、
てっきり入れていたと思っていました
 
微熱(?)のせいか
きっと、ぼや~としていたんでしょう
 
そういえば・・・・
その日の朝、キャッシュカードを使って
そのままお財布にいれたままになっていたのです
パスポートは出国するので出しやすいお財布に入れたようです・・・たぶん()
 
パスポートとプラスチックマネーがあれば、旅行できるじゃん(*^^)v
 
傷心の中で・・・私は・・・そのように思ってしまったのです(#^.^#)
 
ようやく動悸がおさまってきた私は
それから・・・被害金額を調べてみました
 
貴重品バックに入れていたものは            
金額の大きいタイバーツと
マレーシアリンギットと
シンガポールドルと
一万円くらいかな?
それと
トラベラーズチェックのUSドルが1000ドル
 
現金が日本円に換算して=だいたい4~5万円分くらいです
 
失ったお金は、大金(!笑!)ではあるけれど・・・
このまま何もせず日本に帰国するよりも、
旅行を続けたほうが「お得!」です(*^-^*)
 
そう思った私は、
その日お巡りさんが変更してくれた、翌々日の国際列車に乗って旅をつづけたのでした()
。。。TCは、帰国後、全額再発行できました=すでに使用されていたけれど・・
 
翌々日に乗った国際列車は、マレーシアのアロースターで下車しました
 
まず、マレーシアのランカウイ島で潜ろうと思ったのです。
ランカウイ島はアロースターから船に乗ったほうが、ペナン島から行くより近くて安いのです
 
アロースターで1泊して、翌日の船でランカウイに行くつもりでした。
 
ところが・・・・風邪がよくならないのです【災い3】
 
ランカウイのダイビング料金は高いので、
体調が悪いときに潜るのはもったいない気がして()
なんせ・・・お金をなくしたので節約心が芽生え(笑)
ランカウイ行はとりやめて
アロースターからペナン島にバスで行きました
 
そしてペナン島の北の海岸にあるゲストハウスで
体調がよくなるのを待ちました
 
でも、ペナンの海はあまりきれいではないので、
私は泳ぐ気になれませんでした。
海を目の前にしながら、海につからない日が続き、
私は、だんだんイライラしてきました。
 
クリスマスも終わり・・・
ようやく風邪が抜けた私は・・・
ニューイヤーはスマトラ島ですごそうと・・・
1226日に、ゲストハウスをチェックアウトすることにしました
 
その朝・・・9時ごろ・・・・
なが~い揺れがありました・・・・・・・・・
 
12時にゲストハウスをチェックアウトした私は
12時10分のバスに乗り
スマトラ行のフェリーターミナルがあるジョージタウンに行きました
 
新聞によると
午後1時ごろ
私が泊まっていたゲストハウスがある海岸に津波が来たようです。
海で泳いでいた人が数人亡くなったようです。
ランカウイの海岸も、
復旧のめどが立たないくらいグチャグチャになったようです。
 
地震のあった日は、ジョージタウンに泊まり、
翌日か翌々日のフェリーでスマトラに行こうと思っていました
 
ところが・・・
その日、ジョージタウンの町が、
ナントナク・・・様子が変・・・なのです
何軒ものお店がしまっているのです。。。
 
その夜、屋台で食事をしたとき、
相席になった中国系マレーシア人に尋ねてみました。
 
「今日はどうしてたくさんのお店がしまっているの?」
 
彼は
「知らないの?」と驚いて、
自分が持っている新聞をみせてくれました。
 
中国語の新聞でした
 
地震
津波
 
一面に、大きく漢字で書いてありました
 
新聞の一面の写真は、
荷物を持って、高層マンションから逃げている人々の写真でした
 
「この写真はどこ?」と尋ねると
「ペナンだよ。海岸にある屋台街は全部壊れたよ!」と言うのです
スマトラ島で地震があり、その津波がペナン島にもやってきた・・・というのです
 
私は、朝の揺れを思い出しました
 
「明日スマトラ島に行こうと思っているんだけど・・・?」
「だめだよ!行っちゃあ!きっとフェリーも出ないんじゃないかな?」
 
。。。。。。。
 
私は予定を大幅に変更して・・・
海ではなく山=キャメロンハイランドにバスで行くことにしたのでした
 
キャメロンハイランドに向かうバスで、
ヨーロピアンが持っていた新聞を見せてもらいました。
そして
大変なことが起こっていることを知ったのです・・・・
 
日本を出てから2週間後のスマトラ地震でした
 
2週間の間
いろんな「災い」が、私のダイビングの邪魔をしました。
 
怪我をしたために戦争にいかずに命拾いをした「塞翁が馬」の話のように、
私は「風邪をひき」「お金をなくし」、命拾いをしたのです。
4~5万円くらい、安い??かも・・・
 
その時、私は、
「死ぬ時期」というものを、強く感じてしまいました。
 
。。。人は、死ぬ時期というものがあるのではないかな?。。。
。。。きっと、私は今、死ぬ時期ではなかったのね。。。
 
この時、予定通り・思い通りだったら、
私は津波に遭遇していたはずなのに、
私は津波を見もしなかったのです。
 
宗教心などほとんどない私です(笑)
日本のお寺も神社も大好きです。
毎年タイのお寺で初詣をします。
マレーシアでは自分のスカーフ持参でイスラム寺院を見学します。
バリ島では正装をしてヒンドゥー寺院にお参りをします。
 
でも・・・この時ばかりは・・・・
何か大きなものが、
「ちょっと待ちなさい。今は死ぬ時ではないよ。」と
私をひきとめたような気がしてならないのです。
 
。。。。。。
 
死ぬときは・・・きっと・・・・
どんな安全な場所にいたって
きっと死んでしまうんでしょうね~!
 
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コメント

No title

> marimoさん
2年前にアチェに行ったのですが、何人もの人から、「日本も大変だったね。」「アチェの津波の時は支援してくれてありがとう」と言われました。

No title

私は東日本大震災の支援に携わったことがあります。私も普段から特別に神様を意識するということはないですが、なんだかこういった出来事に遭遇すると、自分が大きな何かに守られているんだなと実感しますよね。スマトラ島沖地震はかなり大きな被害だったと記憶しています。本当、巻き込まれなくてよかったですね🍀塞翁が馬とはこのことですね!

No title

瞳さん
CNNでは一日中地震のニュースをしていたけれど、日本の話題なし。スウェーデンやドイツ、オーストラリアが早々に援助を申し出ているのに日本は何もなし。テレビルームでようやく見ることができたNHKでは、趣味の番組(盆栽や料理番組)をやっている。太平洋ではなくインド洋の遠い場所での地震だから、どうせ日本では関心ないんでしょう・・・と日本人同士で嘆いていました。あの時のNHKには本当に怒りました!ヨーロピアンもいるテレビルームでNHKを見ることがどんなに大変だったか・・・

No title

あの時は、日本のみんなは心配してパニックでしたね~!毎日、TVに繰り返し映像が映し出され 阿鼻叫喚のお正月!!でも沢山の偶然の重なりで運命が分かれて行くとしたら…(^_^;)今を丁寧に生きて行きたいものです。

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