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永平寺の後で、芭蕉が宿泊した福井の等栽宅跡に行く=Fukui

松尾芭蕉は
永平寺から下山した後
福井等栽という古い友人を訪ねました
 
それで
私も
その場所に行ってみました 
 

奥の細道:原文
 
この部分は、「源氏物語」っぽい文章になっています 
 
福井は永平寺から3里ばかり(十数キロ)なので
夕食を食べてから出発したけど
薄暗い道を歩くのがしんどかった~ 
福井には、等栽(とうさい)という古くからの友人がいて
以前、江戸の私を訪ねて来たことがある 
もう何年も前のことなので
まだ、生きてる?
もう、死んでしまった?
町の人に尋ねてみると
あそこに住んでるよと教えてくれた 
(のりちゃん:意訳) 
 

等栽の家の跡地 
 

芭蕉宿泊地  洞哉宅跡
 
洞哉というのは
奥の細道の中に出てくる等栽のことです 
 

洞哉宅跡の説明

人に尋ねながら訪ねて行った等栽は
とても貧しい生活をしていたようです 
 
芭蕉は等栽の家に2泊するのですが
等栽には芭蕉に貸す枕もなくて
近くの工事中のお寺の木片をもらってきて
それを芭蕉の枕にしたということです
 
でも
等栽の生き方は
生き方そのものが
俳諧人らしい・・・芸術家らしい生き方で
芭蕉は
等栽がとても気に入ったのでした 
 

等栽(洞哉)の家の跡地の説明 
 
等栽(洞哉)の家の跡地は
福井市の左内公園の中にありました 
 
左内といえば
福井の偉人
橋本左内のことです
 
 
。。。半年まえの私だったら
橋本左内ってだあれ
と思ったことでしょう
 
ナント
橋本左内は
今年5月読んだ
山岡荘八の「徳川慶喜」のなかに出てきた人だったのです 
 
あの本を読んでいなかったら
橋本左内って
誰のことかわかりませんでした
 
でも
福井では
かなりの英雄のようです 
 

左内公園の橋本左内の銅像
 
大きい銅像でした 
 
上野の西郷さんの銅像より、大きい気がしました 
 

左内公園の橋本左内の啓発録
 
橋本左内が
ナント15歳の時に考えた
自分の目標とした言葉のようです 
 


山岡荘八の「徳川慶喜」の中で
橋本左内は…とても賢い人として描かれていました 
 

左内公園の橋本左内の説明

橋本左内は
安政の大獄の時に、26歳で処刑されました
 
昔の人って偉大ですね~
わずか26歳しか生きていないのに
歴史に残る偉業を残しているなんて
 
。。。今の時代
26歳で亡くなって
こんな大きな銅像を作ってもらえる人(政治家)がいるでしょうか
 
昔の人は今より寿命は短いけれど
現代人よりもはるかに
濃い人生を送っていたような気がしました 
 
。。。橋本左内のデカイ銅像を見ながら
ふと
くだらないことを…思い出しました(笑)
 
昔読んだ女性雑誌に
失恋したときの立ち直り法として
偉人の伝記を読む
というのがありました
 
偉大な人物の伝記を読むと…
自分を振った男が
どんなにつまらなくて・小さい男だということがわかって
そんな男のために泣いている自分があほらしくなる
というものでした(笑)
 
偉人と比べられる元カレが
少々かわいそうな気がしたのですが
26歳で亡くなった偉人は
そんな失恋対策に十分役立つと思ったのでした(笑) 
 
。。。。。。
 
さて
福井で友人を訪ねたあと
芭蕉は…敦賀に向かいます 
 
その家に二日泊まりて
名月は敦賀の港にと旅立つ
(奥の細道:原文) 
 
 
私もこのあと
敦賀に向かいました=
 
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