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「自分の心」がそんなに自由になるものじゃない:『吾輩は猫である』④



昨日の

=つづき=

です





この小説の…
「吾輩」ニャンコの「主人」は…


「吾輩」ニャンコが「哲学者先生」と呼ぶ「訪問客」に

愚痴るんだ








ぼくは不愉快で、

かんしゃくが起こってたまらん。

っち向いて不平ばかりだ


引用p297
『吾輩は猫である』夏目漱石

角川文庫
発行:昭和54年43版






「哲学者先生」は…


まったく
「不愉快・かんしゃく・不平」の無い生活
送っていたから

「主人」は…うらやましくなった…ワケ…






そんな「主人」に
「哲学者先生」は…


まるで

カウンセラーのように

「主人」の「不平」に
応対する






見事だったねーー





で…

とうとう「主人」は…

「本音」をこぼすんだ





君の前だが


自分の心がそんなに自由になるものじゃない







ソノトーリ❕❕❕❕だよねーー






私も…コノトキ…


7月は―――――


なんか

ムカツクコトが多くて…😢…


イライラしていた





不愉快で、

かんしゃくが起こって

いつまでもダラダラ「不平」に思ってた





そんな時間が…モッタイナイ


ソーー思ったよ




クダラナイ『思い』に…


人生の大切な🕘時間🕘を使いたくないっ


ソーー思ったよ





でも…

自分の『心』


自分の『心』=『気持ち』なのに


そんなに自由になるものじゃない




ナンナンダロー




でも…ま…

心臓だって
胃だって

自分の自由には…ならないよね…🤔…



自分の
『心』や『体』って

自分の自由には
ならないのか…🤔…





で…

とにかく
ココで…はじめて

「哲学者先生」は…「主人」に…たずねるんだ




「まあ全体何がそんなに不平なんだい」








主人はここにおいて

(中略)

あらゆる不平をあげて滔々と哲学者の前に述べ立てた。





「主人は」…

思い存分…

日頃の「不平」をぶちまけた








あ゛〰〰〰のりちゃんの場合…


「不平」をぶちまけた「相手」が

ブログだったワケだ


ブログは黙ってきいてくれるーー😁ーー






――不愉快・かんしゃく・不平のブログ――








主人はここにおいて

(中略)

あらゆる不平をあげて滔々と哲学者の前に述べ立てた。



哲学者先生は黙って聞いていたが、

ようやく口をいて、かように主人に説き出した。

引用p298
『吾輩は猫である』夏目漱石

角川文庫
発行:昭和54年43版






「哲学者先生」は…

「主人」の「不平」を

黙って聞いてくれた



そして…

「主人」の話が途切れたトコロで…

話し始めた


「ぴん助やきしゃごが何を言ったって知らん顔をしておればいいじゃないか。どうせくだらんのだから。中学の生徒なんかかまう価値があるものか。なに妨害になる。だって談判しても、けんかをしてもその妨害はとれんのじゃないか。僕はそういう点になると西洋人よりの日本人の方がよほどえらいと思う。西洋人のやり方は積極的々々々といって近ごろだいぶはやるが、あれはなる欠点をもっているよ。第一積極的といったって際限がない話だ。いつまで積極的にやり通したって、満足という域とか完全というにいけるものじゃない。向こうがあるだろう。あれが目ざわりになるから取り払う。とその向こうの下宿屋がまた邪魔になる。下宿屋を退去させると、その次の家がしゃくにさわる。どこまで行っても際限のない話さ。西洋人のやり口はみんなこれさ。ナポレオンでも、アレキサンダーでも勝って満足したものは一人もないんだよ。人が気に食わん、けんかをする、先方が閉口しない、法廷へ訴える、法廷で勝つ、それで落着と思うのは間違いさ。心の落着は死ぬまであせったって片づくことがあるものか。寡人政治がいかんから、代議政体にする。代議政体がいかんから、また何かをしたくなる。川が生意気だって橋をかける、山が気に食わんといってトンネルを堀る。交通がめんどうだといって鉄道をしく。それで永久満足ができるものじゃない。さればといって人間だものどこまで積極的に我意を通すことができるものか。西洋の文明は積極的、進取的かも知れないがつまり不満足で一生をくらす人の作った文明さ。日本の文明は自分以外の状態を変化させて満足を求めるのじゃない。西洋と大いに違うところは、根本的に周囲の境遇は動かすべからざるものという一大仮定のもとに発達しているのだ。親子の関係がおもしろくないといって欧州人のようにこの関係を改良して落ち付きをとろうとするのではない。親子の関係は在来のままでとうてい動かすことができんものとして、その関係のもとに安心を求むる手段を講ずるにある。夫婦君臣の間がらもそのとおり、武士町人の区別もそのとおり、自然そのものを見るのもそのとおり。――山があって隣国へ行かれなければ、山を崩すという考えを起こすかわりに隣国へ行かんでも困らないというくふうをする。山を越さなくとも満足だという心持ちを養成するのだ。それだから君見たまえ。禅家でも儒家でもきっと根本的にこの問題をつらまえる。いくら自分がえらくても世の中はとうてい意のごとくなるものではない、落日をめぐらすことも、加茂川をに流すこともできない。ただできるものは自分の心だけだからね。心さえ自由にする修業をしたら、落雲館の生徒がいくら騒いでも平気なものではないか、今戸焼きの狸でも構わんでおられそうなものだ。ぴん助なんか愚なことを言ったらこのばかやろうとすましておけば子細なかおる。なんでも昔の坊主は人に切りつけられた時電光影裏春風を斬るとか、なんとかしゃれたことを言ったという話だぜ。心の修業がつんで消極の極に達するとこんな霊活な作用ができるのじゃないかしらん。ぼくなんか、そんなむずかしいことはわからないが、とにかく西洋人ふうの積極主義ばかりがいいと思うのは少々誤っているようだ。現に君がいくら積極主義に働いたって、生徒が君をひやかしに来るのをどうすることもできないじゃないか。君の権力であの学校を閉鎖するか、または先方が警察に訴えるだけの悪い事をやれば格別だが、さもない以上は、どんなに積極的に出たったて勝てっこないよ。もし積極的に出るとすれば金の問題になる。多勢無勢の問題になる。換言すると君が金持に頭を下げなければならんということになる。衆をたのむ子供に恐れ入らなければならんということになる。君のような貧乏人でしかもたった一人で積極的にけんかをしようというのがそもそも君の不平の種さ。どうだい分ったかい」

引用p299-p301
『吾輩は猫である』夏目漱石

角川文庫
発行:昭和54年43版




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