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東日本大地震の日(地震・・その時 in東京都中野区)

2011年3月11日午後14時46分
私が勤務する中学校ではちょうど6時間目の授業中だった
 
その時間は道徳の時間で
私は
2年C組の生徒と一緒に
ボランティア活動の地域清掃をしていた
 
2年生は私の担当学年ではないけれど
他学年からの応援教員として
一班の生徒と一緒に
掃除用具を持って地域清掃をしていた
 
バス通りの歩道の掃除を始めて数分後
突然
アスファルトの歩道が揺れ出した
 
揺れはひどくなる
まるで
陸橋の歩道を歩いているときに、横の車道を大きなトラックが通ったようなかんじ
 
私は
今まで気づかなかったけれどこの道は陸橋ではないか?と疑った
でも、どう見ても陸橋じゃない
「陸橋じゃないのに、どうして道が揺れるの 」
思わず、そう叫んでしまった
 
私たちがいた場所は民家の前
 
そばに駐輪してあった自転車は倒れた
駐車してあったバイクはクラクションが鳴り続けた
 
私は、民家の塀が倒れるかも・・・と不安になり 
「民家の塀から離れよう」と思いながら
道の向かいを見ると
向かいのマンションとビルが大きく揺れていた
 
車道の向かいの建物は
1フロアーが2部屋くらいの、7階建ての細長いマンションと
同じように細長い7階建ての工事中のビル
 
その細長い建物2棟が、ゆらりゆらり大きく揺れていた
倒れるかもしれない、と思うほど揺れていた
車道の幅より高い建物…あの建物が倒れたら、と思うと
…怖かった




 
どこに避難しようか、と
生徒をどうやって守ろうか、と思った
班別行動だったので
私ひとりで判断しなくてはいけない
担当学年でないため、名前も覚えていない生徒たち
・・・不安だった




 
後ろの民家の塀からも離れたい
向かいの細長いビルからも離れたい
 
西側は
そこにはいつも行列ができているラーメン屋があって
そこの客が店から出てきて歩道を埋めていた
人混みの中には生徒を連れていきたくない
でも東に行くと学校から離れてしまう
 
私たちは、四方に動くことができなくなった
 
生徒に
「離れないでよ」
「みんな一緒にいてよ」
と声をかけながら
私は私の両サイドにいる生徒の肩に手をかけていた
 
車道を見ると
工事中のビルから作業の人たちが車道に避難していた
 
揺れは長かった
 
後ろの民家の家の人も外に出てきた
そして
「植木鉢が落ちてきた。怖くて家の中にいられない」と言った
 
・・・ようやく揺れがおさまり
バス通りに車が走り始めた
 
もう「地域清掃どころではない」と思い学校に戻ろうと判断した
私たちの班より東方面を清掃していた班が
こちらに戻ってくるのが見えたので
その班を待ち、一緒に学校に戻った
生徒たちは清掃したがったけれど・・・
 
学校に戻る途中
生徒が無遠慮によその家の中を覗き込んでいると思ったら
その家の人がつけていたテレビを見ていた(お行儀悪いけれど仕方ないね)
その先の交番のお巡りさんが、宮城沖の地震だと教えてくれた
東京でさえこのくらいの揺れだから
震源近くの人は大変だろうと思った
 
学校に戻ると
2年の学年主任の先生が出迎えてくれた
校外に出かけていたC組のことが心配だったのだと思った
地域清掃をやめて、すぐに戻ってきてよかった、と思った
 
けれど
C組の点呼・安全確認が終わると
教室ではなく校庭に誘導された
校庭には、全校生徒が避難していた
 
それを見たとき
大変なことが起きたのだと感じた
 
 
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