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谷中の幸田露伴の『五重塔』に再訪後「宇太郎」について調べてみた:「宇太郎」文学散歩⑳



「東京・文学散歩」を…

上野・鷗外荘から

スタート



上野公園を歩き~


久しぶりに
幸田露伴『五重塔』の地…にやってきました


1-PC113641.jpg
谷中墓地の黄葉 撮影:2021年12月11日



幸田露伴『五重塔』のアル…谷中墓地にも

もう~何度も訪れています😁



最初に訪れたのは…
2016年10月


2016-PA101064.jpg
撮影:2016年10月10日



――2016年のブログ――


👆コノ記事が…2か月ほど前に(2021年10月頃)
イキナリ『人気ページランキング』に入ってきたので

ビックリ😲でした






次が…今回2021年の「東京・文学散歩」です


2021「東京・文学散歩」

1回目10/24:上野駅スタート
2回目10/30:根津駅スタート
3回目11/07:日暮里駅スタート



👆このなかで~
2回目と3回目が

五重塔・跡地・訪問です


たぶん~コレ以外にも~もう1回来ている~

~と思います




通ってますねーーー😁





1回目10/24:上野駅から鷗外荘に行ってーーー寛永寺前まで歩いてーーー
疲れたので(笑)
鶯谷駅から帰りました

2-2-1再スタート-五重塔
1回目のコース
黄色ライン



2回目10/30:根津駅から鷗外荘に行ってーーー谷中墓地・五重塔跡まで歩いてーー
日暮里駅から帰りました

1-スタート7-地図―文学散歩
2回目のコース
黄色ライン




3回目11/07:日暮里駅から五重塔跡地に行ってーーー団子坂の「森鷗外邸・観潮楼跡」経由
根津駅から帰りました

3-2-再スタート-地図―五重塔
3回目のコース
黄色ライン




――コノヘンの詳細ブログ――

今回は…

スタートしたトキは…

今までの「続き」=団子坂の「森鷗外記念館・観潮楼跡」
を出発するトコロから

スタート・記事を
書くつもりでした



上野・鷗外荘(水月ホテル)に行ったのは…単に…
自分のテンションを上げる❓ためです




ところが❕

実際に…上野「鷗外荘」に行ってみると~


今までとは…
変化がアルことに気づきました



自分に❕変化がアッタ😲…のです



上野「鷗外荘」ダケでなく
谷中の「五重塔」にも変化がありました


で…

すでにブログに書いていた

上野・花園町の鷗外荘から
団子坂・森鷗外記念館(観潮楼・跡)までも

もう一度~🖊~🖊~書こうと思いました




野田宇太郎の場合…

すでに読んでいる本の…
思い入れのアル作家の…

「文学散歩」なのですが…


私の場合~
「文学散歩」をしながら~~読んでいる~~トイウ😁



幸田露伴の『五重塔』も…
今までは…読んでいなかった😅



だから
「文学散歩」をしながら~

大きな発見変化がアル…のです(笑)




2-3-再スタート-五重塔
今までのコース

オレンジラインを歩いて~~谷中墓地に入り
赤ラインで迷うコース




今までは…

寛永寺の境内を通って

そのまま
谷中墓地に入っていたので

いつも
墓地の中で迷っていました😢



フツーの墓地ですから…

一旦…墓地に入ってしまうと


案内標識が…なくなる😅




2-4-再スタート地図―五重塔
今回のコース


今回は…

今まで通ったコトのない
大通りを歩きました


なぜなら~😁


スタート1-宇太郎-上野1-2
引用:『新東京文学散歩』野田宇太郎



今まで…よくわからなかった

コノ👆東京芸術大学裏をすぎて

ココの道を…ようやく発見❓したのです




――「東京芸術大学裏」発見のブログ――





宇太郎が歩いた…と思われる道を歩くと…

自然に
谷中墓地の…大通りを歩くコトができました



幸田露伴の『五重塔』にも…

迷わず到着するコトができましたっヽ(^。^)



1-PC113631.jpg
谷中墓地 五重塔跡 撮影:2021年12月11日


右手が
幸田露伴『五重塔』です👉


1-PC113634.jpg
谷中墓地 五重塔跡 撮影:2021年12月11日



今までは…読んでいなかった😅
幸田露伴の『五重塔』


読書後の…再訪デス



1-PC113637.jpg
谷中墓地 五重塔跡 撮影:2021年12月11日


読書後の…再訪は…

やはり…気分がチガウ...🤔



で…
ブログには

幸田露伴『五重塔』記事を

書くつもりだった......😅



1-PC113639.jpg
谷中墓地 五重塔跡から眺める夕日 撮影:2021年12月11日



ところが💦

またまた
チガウ方向に

向かってしまった😅



。。。。。



私の「東京文学散歩」は…

「宇太郎」後追い文学散歩
デス


1-1-野田-文学散歩
『新東京文学散歩』
野田宇太郎



「宇太郎」の歩いた道を~~歩きたいのですが

東京芸術大学裏をすぎて

の道が…イマイチ~~よくわかりませんでした


この道をみつけたトキ…
思いました



東京芸術大学も~寛永寺も~

敷地が広いから~

他所モンには

ソレラのどこの部分のコトかわからない




私は…
野田宇太郎は…

テッキリ
東京大学出身の人…だと思っていました


森鷗外や夏目漱石のように
東京大学に通学&通勤するために~

コノヘンに住んでいて
コノヘンの道に…明るい



そう~思っていました



文京区とか~
東京大学の周辺地域に~

文豪の『跡』がタクサンあるのは…

東京大学に近くて
通学や通勤に便利だったからなのですねーー



歩いてみて~
文学散歩をしてみて~

わかりました💡




だから
宇太郎もコノヘンの道に明るい

しかも健脚デス👣



私の場合…

谷中の五重塔のあと~


疲れたら日暮里から電車で帰ろう__🚋🚋🚋__



そんな軟弱な
東京散歩なのですが~


ま…なんとか

今回は


野田宇太郎のように❓…



上野花園町の鷗外荘をスタートして

精養軒
動物園
国立博物館
図書館
寛永寺前
旧音楽学校の東京芸術大学裏
桜木町
谷中道


そして…

幸田露伴の『五重塔』のあとで…

森鷗外の晩年の住居・観潮楼
夏目漱石の猫の家

へと歩いて~


東大前駅から

__🚋🚋🚋🚋__で帰りました



ワタシにしては
とてもガンバッタ1日ですっ❕




しかしっ❕

野田宇太郎は…

夏目漱石の猫の家
から

当時の東京大学教授夏目金之助の道を辿るように
東京大学正門へを向かった


で…
東京大学の三四郎池をたずねるのです


その後
不忍池=森鷗外『雁』の舞台
そして
泉鏡花の湯島天神
😲



ま…いつか…

一気に歩いてみようとは思うのですが~

今はパスっ😅です



私は…

野田宇太郎は…
出身は…東京デハナイ…ことは知っていましたが…

テッキリ
東京大学出身の人…だと思っていました




で…調べて見ると…チガウっ😲




野田宇太郎の「新東京文学散歩」には
メチャクチャ興味関心がアッタけど…

野田宇太郎・本人には

今まで
アマリ関心がナカッタ…ってこと(笑)





野田宇太郎(のだ うたろう 1909ー1984)


明治42年10月(1909)、三井郡立石村大字松崎(現福岡県小郡市松崎)に生まれる。

日本の詩人・文芸評論家・文芸誌編集長





小郡の人❓

急に💨親近感がわいてきました(笑)

私の古里=広島から近い
地図で調べなくてもワカル場所(笑)





野田宇太郎(のだ うたろう 1909ー1984)略歴

8歳 母の死
 母の遺言「あの子の生命を守るためにわたくしは死ぬ。わたくしが死んでもあの子だけは守る。」

18歳 父の死(肉親が全ていなくなる)

第一早稲田高等学院英文科に入学
心臓の病によって中退(医者は25歳くらいまでの命、と宣告)

21歳(1930) 久留米で文具店経営

24歳 昭和8年(1933) 詩集『北の部屋』を出版

文学活動をするために上京
貧困と病とで、上京と久留米へ戻る生活を繰返す

31歳(1940) 出版社「小山書店」入社(上京する)
地道な文学活動が出版社から認められ、声がかかる
出版をてがけた『次郎物語』下村湖人…がベストセラーになる

33歳昭和17年(1942) 詩集『旅愁』を出版…ベストセラーになる

35歳1944年(昭和19年)文芸誌『文藝』の編集長

42歳(1951) 日本読書新聞に『新東京文学散歩』連載…ベストセラーになる

文化遺産の保存活動
・鷗外記念館
・藤村記念堂
・北原白秋生家
・明治村 




健脚ドコロか...

「25歳くらいまでしか生きられないだろう」と医者から宣告されるような人
だったのです


ソレなのに
私のように

疲れたら日暮里から電車で帰ろう__🚋🚋🚋__

そんな弱音は吐いていない…のですねーー😔


好きな…文学活動をするために
ずいぶん苦労している人のようです



明治村に行ってみたくなったぁ~



ここに
漱石の猫の家🏠があるんですよねー




野田宇太郎(のだ うたろう 1909ー1984)

1984年まで存命😲…ということは

すでに
私は…📖📚
漱石や鷗外を読んでいる頃です❕

同時代に生きていた人…だったのですね~



もっと早く
若い頃に知りたかったなーーー




今頃になって…

惜しいコトをした__😢

と思ったのでした



野田宇太郎文学資料館HPより引用👇


文学散歩の創始者

 「文学散歩」の語は、野田宇太郎の創案になるもので、昭和26年「日本読書新聞」に「新東京文學散歩」を連載したことにはじまります。以来30余年にわたる「文学散歩」は、野田のライフワークとなりシリーズ全26巻が刊行されました。「文学散歩」は、実地踏査による文学の実証的研究書の先駆けであるばかりでなく、独自の優れた紀行文学でもあります。

 野田が「文学散歩」の執筆を決意したのは、戦争と戦後の無惨な文化遺産、自然風土の破壊に対する文学者としての憤りからでした。「過去の目標を失えば、同時に未来の目標も失う」という野田の言葉は「文学散歩」を生みだし、藤村記念堂、鴎外記念館、明治村の建設など歴史的風土の保存への情熱と尽力は「文学散歩」の意義の実践でした。




=つづく=




――野田宇太郎の後追い「文学散歩」――

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